【報告】「ひみつの研究道具箱 ~対話で考える、未来の可能性と課題~」@サイエンスアゴラ2026

 

 2026年9月12日、サイエンスアゴラ2026において、新渡戸文化中学校・高等学校 実験教室ラボと東京大学生産技術研究所 松山研究室の共同企画「ひみつの研究道具箱 ~対話で考える、未来の可能性と課題~」を開催しました。

 

 今回のテーマは、「猛暑の夏、人にも環境にも優しい科学技術って何?」。参加者は、科学技術を使って社会課題の解決策を考えるだけでなく、その技術が社会にもたらす新たな課題にも目を向けながら、「私たちにとって幸せな未来」とはどのようなものかを考えました。

 

 はじめに、新渡戸文化中学校・高等学校の生徒さんから、実験教室ラボの活動について紹介された後、松山桃世准教授が、研究現場で生まれつつあるさまざまな先端技術をカードにした「ひみつの研究道具箱」と、科学技術がもたらしうる倫理的・法的・社会的課題(ELSI)を考えるための「ELSIカード」を紹介しました。あわせて、科学技術の発展を研究者や技術者だけに任せるのではなく、社会のさまざまな人とともに、その目的や影響について考えていくRRI(責任ある研究・イノベーション)の考え方についても紹介しました。

 

 その後、参加者は4つのグループに分かれ、「猛暑で熱中症も電力消費も増加」というピンチに挑戦しました。生徒さんたちのファシリテーションのもと、グループごとに異なる技術カードを手がかりに、「誰が、どのように困っているのか」を具体的に考えながら、複数の技術を組み合わせて解決策を発想しました。

 

 参加者からは、半導体冷却技術とパブリックスペース設計を組み合わせて、屋外で働く人などが利用できる涼しい場所をつくるアイデアや、高速ロボットを遠隔操作して猛暑下での屋外作業を減らすアイデアが出されました。このほか、気象予報を活用して熱中症リスクの高い地域を予測し、医療従事者を事前に配置する案、温度差発電や再生可能エネルギーを活用して電力不足に対応する案、救急搬送を効率化する案、地域で熱中症を予防する取り組みなど、多様な提案が生まれました。

 

  興味深かったのは、「猛暑」という一つの課題から、参加者の視点がさまざまな方向へ広がっていったことです。屋外で働く人、医療従事者や救急隊員、光熱費の増加に悩む家庭、極域にすむ動物たちなど、「誰が困るのか」を具体的に考えることで、身体を冷やすだけではなく、建築、ロボット、気象予報、エネルギー、都市システムなど、多様な分野での技術活用方法が考えられました。

  しかし、技術によって一つの問題を解決できたとしても、それだけで「よりよい未来」になるとは限りません。そこで後半は「ELSIカード」を使い、前半で提案されたアイデアについて、技術が実現したときにどのような倫理的・法的・社会的な問題が生じる可能性があるかを考えました。参加者同士でコメントを共有した後、技術のメリットと懸念の双方を踏まえて、「私たちにとって幸せな未来とは何か」を改めて考え、グループごとに意見をまとめ、全体で共有しました。

 

 「ひみつの研究道具箱」と「ELSIカード」を行き来しながら、「猛暑」という課題に多様な方向からアプローチした今回のワークショップ。参加者のアイデア投稿と対話を通じて、科学技術の可能性と新たに生じる課題の両面を考える時間となりました。

 

<参加者が投稿したアイデア>

G1 未来像:涼しいところに新大陸を建設し、みんなで移住する

困る人 使用カード 解決アイデア

自分が暑いので、仕事の効率が下がるし、不快である

マイクロ流体デバイス

マイクロ流体デバイスで体を囲み涼しさを得る

北極、南極の動物たちの住む場所がなくなる

超大規模データ利活用, リモートセンシング

「リモートセンシング」で集めたデータを「超大規模データ利活用」で集計をして現地にいる人が定期的に動物を動かす

熱中症患者が増え、医療従事者の負担が増える。 光熱費がかさみ、生活が苦しくなる。節約する人が増えより悪循環となる。

気象予報

事前にリスクの高い地域が特定できれば、医療従事者をその地域に集めたり、涼しい場所の提供ができる。

 

G2 未来像:それぞれの地域に合わせて発電ができ、データなどを使える人・使えない人が平等に過ごせる未来。

困る人 使用カード 解決アイデア

熱中症患者が増え電力不足にもつながる

温度差発電, 再生可能エネルギー利用ヒートポンプ

温度差発電と再生可能エネルギーを使って電力不足を解消する

子どもからお年寄りまで健康被害 不作続きで食糧不足 光熱費増加による家計圧迫 救急搬送増加

コンピューティングインメモリ, 温度差発電, 再生可能エネルギー利用ヒートポンプ, 都市のデジタルツイン

再生可能エネルギー→多様な熱源から発電する 都市のデジタルツイン コンピュータメモリ→都市状況を把握し 気候や電力消費 人々の健康状態などのデータ分析 効率化

熱中症患者が増え電力不足にもつながる

再生可能エネルギー利用ヒートポンプ

再生可能エネルギー利用ヒートポンプを使って熱源から熱を集め電気にしエアコンが使える

 

G3 未来像:どの年代の人も消費する電力を少なくできる半導体冷却技術が広まる。電子機器への負担がなくなる未来。

困る人 使用カード 解決アイデア

漁師さんや農家さんなど外で働いている人にとっては毎日が暑いので疲労がたまる

半導体冷却技術, パブリックスペース設計

誰もが使えるパブリックスペース設計を作り、そこで半導体冷却技術を使うことで誰もが困らずいるのではと思う

スマホなどがすぐ暑くなることがあり、電力が熱エネルギーにも使われてしまっているため、電力消費が多くなってしまう。

半導体冷却技術

機器が熱されず、エネルギーを節約でき、電力消費が少なくて済む。

屋外が暑くなって、皆んな外に出たくなくなってしまう。

自然素材建築, パブリックスペース設計

自然素材の建築でパブリックスペースを作ったら、涼しい憩いの場ができて皆んなが集まれる。ヒートアイランド現象の改善も。

例 外が暑すぎて熱中症の人が増えた

光触媒, 半導体冷却技術

例 光触媒を使って電気を作り、半導体冷却技術で温度を少しでも下げる

屋外での仕事(建設や運送など)に従事する方が、猛暑による熱中症で困る。

高速ロボット

人が外で働くのではなく、屋内(もしくは涼しい場所)にいる人が遠隔で「高速ロボット」を操縦する。他にもロボットを補助的に使用することで疲労+猛暑のダブルパンチを防ぐ。

 

G4 未来像:脱炭素社会の実現!炭素社会からの脱却を進めることにつながる熱中症対策を考える。

困る人 使用カード 解決アイデア

救急隊員が出動が増えて困る

自動運転, エネルギーマネジメント

救急車の最短ルートを調べる

熱中症にかかる人が多く、体調を崩し、病院へ緊急輸送するケースが多くなる。

炭素繊維強化プラスチック

暑さを軽減できる新素材の開発により、熱中症による体内温度の急激な上昇を抑えることができる。炭素素材を家の中に設置することにより、熱中症のリスクを回避する

熱中症にかかる人が多くなる

災害対策トレーニング

「事前に熱中症の時間帯を知り、地域コミュニティーで熱中症にならない取り組みを工夫することができる

熱中症の人が多くなる

エネルギーマネジメント

電力量が低減して、急激な暑さによって電力量を多く使うことがなくなり、安定した電気供給量が維持できる。

 

<困る人>

 1つの社会課題が、多様なステークホルダーの具体的な課題へと翻訳されました。

 この問題の影響を受ける主体として、熱中症になりやすい人(屋外労働者、農業・漁業従事者など)、その治療にあたる人(医療従事者や救急隊員)、生態系への影響(北極・南極の動物たち)などが挙がりました。

 猛暑という短期的な問題から気候変動という長期的な問題へ広げた回答や、猛暑による体調悪化と電力不足という直接的な問題に加えて、仕事の効率低下、家計圧迫、食料不足、救急搬送の増加、外出しにくくなるなど二次的な影響も、問題として挙げられました。

 

<使用カード>

 再生可能エネルギー利用ヒートポンプ、半導体冷却技術、温度差発電、パブリックスペース設計、エネルギーマネジメントなど、暑さや電力と関わりが分かりやすいカードがよく使われました。

 

<解決アイデア>

多様な解決レベルが提起されました。アイデアは、次のように整理できそうです。

● 人を冷やす:身体の冷却

● 涼しい空間を作る:涼しい公共空間、憩いの場、外出機会の減少

● エネルギー環境を変える:機器の冷却、省エネ、発電、電力供給の管理

● リスクを予測・行動変容を促す:熱中症リスクの高い地域・時間帯を予測

● 医療の負担軽減:医療従事者の事前配置、搬送の効率化

● 地域の共助強化:地域コミュニティーで対策

 

 G4は未来像として脱炭素社会を掲げ、気候変動そのものへの対処を提案していますが、その他のアイデアは、猛暑をいかになくすか、という視点ではなく、猛暑を前提としたうえで社会をどう変えるか、という方向性が多く含まれていました。

 

 また、グループごとに、解決アイデアの方向性に緩やかな違いが見られました。グループによって使える技術カードが異なっていたため、技術カードの種類が、問題の捉え方を特定の枠にはめるはたらきをした可能性があります。

 G1では身体の冷却とデータ・予測の双方が見られました。G2は発電・エネルギー供給を中心に考える傾向が強く、G3は公共空間、建築、ロボットなど「暑い環境そのものから人を守る」発想が目立ちます。G4では救急、地域の備え、エネルギー管理など社会システム側の対応が多く見られました。

 

(文責:松山桃世)

2026年09月12日